校長室より

人はなぜ学ぶのか(第3学期始業式)

 本日1月8日(木)2026年を迎えて最初の登校日となり、朝から凍えそうな寒さの中、厚手の防寒具を羽織り、手には手袋、首にはマフラーを巻いて元気に生徒たちが登校してきました。昨年12月24日以来2週間ぶりの登校日となりましたが、年末年始を大切な人と思いおもいに過ごし、自己実現に向けた新たな決意とともに笑顔で登校する生徒たちの姿が印象的でした。

 本日は登校後すぐに体育館に全校生徒を集めて始業式を実施しました。冒頭で行った校長講話では、各々が心に秘めた新たな決意を確認する意味合いを込めて、「人はなぜ学ぶのか?」という問についてスライドを活用しながら一緒に考えました。

 生徒たちは、日々当たり前のように机に向かい、多様な学問の修得に取り組んでいますが、自分自身が「なぜ学ぶのか?」という理由については深く考えたことがない様子で、友達同士で改めて考えてさせてみると様々な意見があったようでした。

 生徒たちを含め私たちは現在、衣食住をはじめあらゆる生活の場面で最先端の暮らしをあたりまえのように享受しています。もはや必需品となったスマホやパソコンはもとより、安全で快適な暮らしのすべては先人たちによる「未知への挑戦」によってもたらされたものであり、何世代にもわたる先人たちの学びの積み重ねによって生み出された産物であることを理解した上で、生徒たちには、一人ひとりが最先端の学びに挑み、新たなモノや思考、技術などを生み出すことによって、今後生まれ来る子や孫の世代のためにより良い暮らしを担保する「未来への責任」が自分たち一人ひとりに課されているのだと伝えました。

 また、驚異的なスピードで変わりゆく情報化社会に生きる若者たちには、世の中に溢れる情報の一つひとつについてその真偽を正しく判断するスキルが求められており、多様な知識や経験に基づく根拠ある判断力と決断力こそが物事の真偽を見極め、人生を逞しくしなやかに、そして有意義に生き抜くために必要なスキルとなるのであり、「人が学ぶ理由」とは、テストで良い点を取るためでも、希望の進学や就職を実現するためでも、地位や名声を手に入れるためでもなく、目の前に迫りくる様々な人生の困難を適切に乗り越え、自分自身を含めた大切な人を守り、満足できる快適な生活を手に入れるために学ぶのだと伝えました。

 更に、だからこそ学ぶ内容は多岐にわたるとともに一生涯学び続ける必要があり、好き嫌いや得手不得手といった個人の趣向ではなく、分け隔てのない幅広い知識や多様な経験こそが「生きるスキル」となるのであり、一度身に付けた知識や経験は、誰かに奪われることのない自分だけの財産となるのだと伝えました。

 生徒たちは2026年に向けて新たな目標を掲げ、決意を固めてスタートを切ったはずです。しかし、その多くは部活動での成長や飛躍を中心とする自己実現に向けたものであり、「学問の修得」に対することは疎かになりがちです。

 本校が目指す「文武両道」とは、どちらかに軸足を傾けたものではなく、あくまでも部活動と勉学のどちらも手を抜かずに2兎を追うことを意味しています。部活動で身に付けたスキルは、当該の活動で高みを目指すための武器となるとともに、豊かな人格の形成には大きな成果をもたらす素晴らしいものですが、その活動を離れた先の人生では獲得したスキルを有効に活用できる機会に限りがあるのが実情です。ましてや、今後の長い人生で自分を助けてくれるのは「生きるスキル」なのであり、それはまさに多様な知識と経験、そして論理的に深く思考し困難を乗り越えるプロセスの積み重ねに裏付けられた「学問の修得」によってもたらされるものなのです。

 だからこそ、部活動に情熱を捧げ青春を賭す本校生徒たちには、1兎ではなく2兎を追う困難に勇気と信念を持って挑戦してほしいと願います。

 人生最後に勝つのは「良い準備をした者」と「想いの強い者」です。数十年の時が過ぎたのちに自分の人生を振り返って、「あの時頑張っておいて良かった」と思える人生を歩んでほしいと願っています。

 頑張れ、越南生!頑張れ、南の風!